今回ご紹介する作品は『忍者武芸帳』(白土三平)です。
織田信長や豊臣秀吉も登場しますが、完全にフィクションだから歴史漫画に分類していいか迷いました。まぁ、広義の歴史漫画というか時代劇漫画とご理解下さい。
白土三平
白土三平といえば伝説のコミック雑誌『ガロ』に連載されていた『カムイ伝』シリーズや『サスケ』、『ワタリ』が有名ですが、『忍者武芸帳』は貸本漫画時代の作品で1959年〜1962年に三洋社から出版されました。後に映画化もされています。
当時、白土は手塚治虫や横山光輝と並んで人気があり、『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦にも大きな影響を与えたということです。
ちなみに『忍者武芸帳』を発行した三洋社をはじめとした複数の貸本漫画出版社が合流して『ガロ』を発行した青林堂となります。
貸本漫画
貸本屋というサービスは江戸時代からありました。当時高級品だった和紙を使用した書籍は高価だったためレンタル業が成立しました。
戦後になってからも物資不足だったこともあって貸本屋事業は継続しており、そこに漫画作品も並べられたのが貸本漫画の始まりです。
ちなみに、江戸時代の蔦屋(つたや)は貸本屋ではなく版元です。
白土三平や横山光輝の他にも、水木しげるやさいとう・たかを、本宮ひろ志も貸本漫画家出身です。
貸本漫画はその後、『少年マガジン』『少年サンデー』といった漫画雑誌の隆盛に押されて衰退していきます。『ガロ』創刊に至る流れも漫画雑誌の台頭への対抗策だったといえますね。
本編概要(※ネタバレ含む)
東北地方の小大名だった父親を殺された結城重太郎。下剋上を果たした父の仇・坂上主膳を討つために城下へ。しかし、主膳の妹である忍者蛍火に片腕を斬り落とされ命の危険にさらされます。
そこへ登場したのが同じく坂上主膳に家族を殺された忍者・影丸。蛍火の片腕を斬り落とし重太郎の命を救います。
影丸と影丸率いる忍びの集団、影一族。坂上主膳、蛍火の忍者兄妹。そして剣士に成長する結城重太郎たちの死闘を中心に物語は進みます。
他にも、織田信長、明智光秀に豊臣秀吉といった有名人に加えて、居合の始祖と言われる神夢想林崎流の開祖となる剣豪・林崎甚助や孤児集団のボス・苔丸、影丸の師匠の無風道人、影丸の妹・明美といった個性豊かな登場人物が本作を複層的で重厚なものにしています。
影丸は伊賀や甲賀に所属するわけでもなく、誰かの配下でもありません。
彼自身が民衆のまとめ役となって一揆を起こし権力者である織田信長に抵抗します。
一時は一向宗とも手を組んで勢力を拡大しますが、徐々に信長に押され、影の一族も倒れ、最後は刑死します。本作もそこで完結です。
劇画タッチの作風
本作『忍者武芸帳』や『カムイ伝』は劇画タッチで描かれており、とくに本作の方は骨太なペンのタッチが人物や背景を当時流行った西部劇仕立てに見せています。リアルな質感で描かれた岩、対照的にトーンやベタ影の少な目な地面は乾いた西部の荒野を思わせます。
そんな中、これも異能の忍者たちがガンマンの決闘のように術の限りを尽くして命を奪いあいます。山田風太郎原作の『バジリスク』や横山光輝の忍者シリーズとはまた違った忍者漫画の世界が広がります。
本作はリアルな描写が特徴ですが、腕や首が飛ぶ描写も結構多く、大砲で人が吹き飛んだりもします。主役級のキャラクターも顔半分斬り飛ばされるなど容赦ない表現が独特の生々しさ、その当時生き抜くことの厳しさを伝えているとも言えます。
忍術の解説
白土作品に登場する忍者は生まれながらに特異体質であったり、試行錯誤の末に特異体質を手に入れて独自の忍術を編み出すキャラクターが多く登場します。
水中で暮らすことが多くなった結果、水かきが出来たり肺魚のような呼吸法を身に着けた「岩魚」(いわな)。アナグマと暮らすうちに土堀り能力に優れることになった「くされ」など影一族のメンバーは独特の忍術を操ります。
普通体質の忍者が繰り出す忍術にしても、科学的な説明をつけようと試みられています。
「微塵隠れ」の術は地下に掘ってあった穴に自身は隠れ、おびき寄せられた敵を爆薬で吹き飛ばすという手品のような忍術ですが、こうした忍術が披露されると、白土先生(もしくは語り)の解説が入ります。
『男塾』の民明書房、『プロレススーパースター列伝』のアントニオ猪木(談)のはしりですね。
白土作品の中には、ゴルフクラブのような棒を使って石や火薬を叩いて飛ばし、遠距離や空中の相手にぶつけるという「時代考証~!!」と言いたくなるような忍術も登場します(いや、それもうゴルフ…)。
戦国時代なのに「オッケー」って言っちゃったり。
白土作品、全体に自由でそんなところも魅力の一つです。
「手裏剣が切れた!」
この表現も白土作品の忍者漫画の画期的なところで、他の作品でも随所に使われます。
そう。他の忍者漫画と違って白土作品の手裏剣や巻きビシは在庫制限があるんです!
この世界観が忍術の世界にリアル感を与えて読者に迫ってくる点が白土忍者漫画の真骨頂といえます。
民衆目線の影丸
影丸の最後の言葉、
「我々は遠くから来た。そして遠くへ行くのだ」
には、まつろわぬ民の矜持が込められていたと思われます。
また、影丸は影武者を使って敵を翻弄しますが、実は影丸は虐げられる民衆の心が生んだヒーローであり、それこそ無限に生み出されていくものだという作者のメッセージを感じられます。
本作発表時は学生運動は盛んな頃でした。ある学生団体の根城には『忍者武芸帳』が置かれていたといいます。
スターシステム
主人公の一人である影丸の造形はその後の白土作品でも随所に登場します。
また猿飛のうち大猿は各作品で伝説の忍者扱いで登場します。造形だけでなく、同キャラを異なる作品に登場させることもしていたようで、白土先生の特定のキャラに対する愛着を感じます。